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ブログ「「探究しなさい」という矛盾――探究が制度になったあとで」を更新しました

山中裕太
2026年8月24日
探究は「起こす」ものではなく、「起きてしまう」もの
まちかど学舎のブログに、新しい記事を公開しました。
今回のテーマは、近年、学校教育を中心に急速に広がっている「探究学習」です。
探究そのものには大きな可能性があります。一方で、地域活動や職業体験、遊びや日常の経験まで、何でも「探究」と呼ばれるようになり、その言葉自体が少しずつ曖昧になっているようにも感じます。
また、探究が制度化されたことで、「問いを持つこと」や「主体的であること」が、逆に子どもたちへ求められるものになってはいないでしょうか。
記事では、近年言われる「探究公害」の問題にも触れながら、
探究という方法が目的化していないか
「問いを持ちなさい」という教育が抱える矛盾
探究を制度化することで失われるものはないか
何でも探究と呼ぶことの危うさ
まちかど学舎が大切にする「探究が始まってしまう余白」
について考えています。
まちかど学舎では、すべての活動を探究にしようとは考えていません。
教える時間も、繰り返し練習する時間も、遊ぶ時間も、何も問いを持たない時間も大切にしたい。
そして、その中から子ども自身に何かの「引っかかり」が生まれたときには、その先を一緒に追いかけていきたいと考えています。
探究が当たり前になった今だからこそ、探究そのものを一度問い直してみました。
ぜひご覧ください。
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