学ぶというのは本当によいものです――「ガーベラの教室」を読んで
- 山中裕太

- 2025年12月26日
- 読了時間: 3分
更新日:2月12日
今回は、ある漫画をご紹介したいと思います
「おじさんと少女」という一見するとなにやら怪しい雰囲気が漂うアンソロジーなのですが、これに収録されている永田礼路さんの「ガーベラの教室」がともかく良いです。
ピッコマの「試し読み」で少しだけ読むことができます。
是非手に取ってほしいと思いますが、ここでも少し内容に触れたいと思います。
※以下、大筋のネタバレを含みます。
「ガーベラの教室」について(ネタバレを含みます)
ある町のオープンテラスでおじさんが3人でコーヒーを飲みながら談笑しているところに、花売りの女の子が現れます。
聞くと、彼女は移民の子。母親の「学校へ行っても役に立たない」という言葉を信じ、また経済的な理由もあって学校へ行っていません。
そこで、おじさんたちは「質問を考えてきたら、毎日花を買ってあげる」と約束します。
その日以降、少女は花を売るために、毎日おじさんたちに質問を考えてやってきては、おじさんたちから知識を与えられます。
どうして空は青いのか
鳥はなぜ飛べるのか
お休みの日は誰が決めるのか
すると、はじめは苦し紛れに質問していた女の子の中に「知ることへの欲求」が生まれてきます。
そして、とうとう「どうしたら学校へ行けるのか」という質問を持ってくる。
おじさんたちは、大喜びで様々な手続きを引き受け、女の子は学校へ行くようになるという話です。
「学校へ行くためにはどうしたらいいか」と聞いたおじさんたちの嬉しそうな表情、学ぶことの喜びを実感してもじもじと学校へ行く方法を尋ねた女の子、本当に良い作品です。
学ぶというのは本当によいものです
先日、飛ぶ鳥を落とす勢いでどんどこ教室を増やしているスタートアップ系の学習塾の新聞記事を見ました。そこでは、「学習は手段!」とはっきりと言い切っていて、辟易しました。たしかにそういう側面もあるでしょう。例えば受験や進学、資格取得、、、そういったことはできるだけ効率的に手際よく手に入れていった方がよい。
でも、学ぶことそのものの価値はそこにはありません。
頭の中に生まれた「?」をきっかけに、調べてみたり、聞いてみたり、試してみたりすることは、本当に楽しいものです。心からワクワクします。
そして、「あ、そういうことだったのか」と理解できた瞬間は何物にも代えがたい快感があります。
手段としての「学び」は、設定したゴールに向かって一直線の軌跡を辿ります。そんな楽しさやワクワクや快感などは、余計なものです。だって、学ぶことは受験や進学、資格取得の手段なのですから。
まちかど学舎では、目的としての「学び」を大切にしたいと思います。学ぶことそれ自体が楽しくてたまらない、知らないと気が済まない、そういうことを大切にしたいし、だからわかったらうれしいわけですし、また次の「?」が生まれるのです。
遠回りのように聞こえるかもしれませんが、そちらの方が知識が血肉になって、一生使える知恵になります。結果的には、早道なのです。
とはいっても、受験や進学、資格取得だって、重要です。両方のバランスを見ながら、その子が「知りたい!」と思える場所でありたいと思っています。
本年もありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願いいたします。





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