いま、子どもを育てるということ――データから考える教育の課題と、これからの社会
- 山中裕太

- 2025年12月11日
- 読了時間: 14分
更新日:2025年12月12日
1.現代を生きる子どもたち

いまの子どもたちは、これまでのどの世代とも違う環境のなかで育っています。家庭の形、生活リズム、放課後の過ごし方、学びへの関わり方——どれも多様化し、ひとつの「標準的な育ち方」では捉えられなくなりました。
便利さは増えましたが、同時に忙しさも増し、情報は溢れているのに、その選び方や意味づけはむしろ複雑になっています。学校で扱う知識は増えていても、生活とのつながりは見えにくい。進路の選択肢は広がっているのに、自分なりの判断軸は育ちにくい。
子どもたちは、こうした変化の中で日々を生きています。
その環境は決して悪いわけではありません。むしろ、多くの家庭にとっては「普通の忙しさ」であり、「よくある毎日」です。
大切なのは、「間違った育て方をしているかどうか」ではなく、その“普通の毎日”の中で、どこに少しだけ学びの余白をつくれるかを一緒に考えていくことだと考えています。
保護者の方と話していると、小さな気づきがふと漏れることがあります。
ゆっくり話す時間がとれない
子どもが何を考えているのか見えにくい
勉強はしているのに、どこにつながっているのか分からない
どれも“問題”というほど大きなものではありません。だからこそ、そのまま日常に埋もれ、言葉にならず、「まあ、こんなものか」で片づけられやすいのだと思います。
しかし、こうした感覚は、実は子どもの学びを理解するうえで、とても重要な入口です。学びは本来、日常の中の経験や思考が少しずつつながって広がっていくものですが、現代の子どもたちの環境では、そのつながりが見えにくくなる場面が増えています。この記事が扱っていくのは、まさにその“つながりにくさ”の構造です。子どもがどこで立ち止まりやすいのか。どんな時に学びが分断されてしまうのか。どうすれば経験や知識が時間を越えてつながり直していくのか。
まずは、それらを学年ごとの姿を手がかりに読み解いていきます。
2.現代的な子育て課題を、学年別に見る
ふだんの子育てのなかで、「昔とちょっと違うな」と感じる場面が増えてきました。
実際、この10〜20年の全国的な調査でも、放課後の過ごし方や家庭のあり方が変化し、子どもたちの育つ環境が大きく変わりつつあることが指摘されています。
小学1〜3年生――考える前に、一日が終わっていく

国立青少年教育振興機構(2023)の調査では、小学生の放課後が「家庭外の活動+デジタル」によって細切れ化していることが指摘されています。
共働き世帯率は71%(厚労省)
学童利用者は過去最多
1〜3年生の1日の平均スクリーンタイムは約2.5時間(総務省)
これら自体は悪いことではありません。むしろ必要な選択です。でも、結果として “ぼんやり考える時間” が減少している のも事実です。認知心理学では、思考の土台になるのは「余白時間(mind-wandering)」と言われています。ところが低学年の子どもは一日のスケジュールがタイトで、考える前に次の予定が来てしまう。
そのため、まちかど学舎でもこうした場面がよく見られます。
質問の直後に「わからない」と反射的に答える
正解を探すスピードは速いが、「考えた形跡」が薄い
これは能力の問題ではなく、経験として“立ち止まる練習”がしにくい構造の結果です。
小学4〜6年生――「わかる/わからない」が、自分の評価になり始める

文科省の「学力調査分析」では、小学校4〜6年生は「つまずきが集中する時期」(割合・分数/文章構成)だと示されています。これは、低学年までの“目に見えるものを扱う学び”から、頭の中で関係を組み立てる抽象的な学びへと大きく移行するタイミングだからです。
分数は「見えない量同士の関係」をつかむ必要があり、割合は「全体を1として捉え直す」操作が求められます。文章構成も同じで、「主張と理由」「段落の役割」といった枠組みを、頭の中で順序づけて整理する力が問われます。こうした“頭の中での組み立て”は練習しないと育ちにくく、得意・不得意も分かれやすい領域です。
さらに、全国学力調査の質問紙では、「失敗を避けたい」「間違えるのが恥ずかしい」と答える割合が、小3から小6にかけて大きく高まることも分かっています。ちょうどこの頃は、まわりとの比較や“自分はどんな子か”といった自己像が意識され始める時期でもあります。
つまり、学習内容がぐっと抽象的になる時期と、自分の評価を気にし始める時期がちょうど重なるのです。
そのため、
正解を外さないようにする
「分からない」と言いにくくなる
といった気持ちが生まれやすくなります。
本当はこの時期こそ、間違えたってかまわないので、じっくり考えてみたり、自分の言葉で説明してみたりする経験が最も力を伸ばすのですが、間違えたくない気持ちの方が先にきてしまい、思考が深まる前に止まりやすくなるのです。
中学生――忙しさが、学びを分断していく

OECD学習到達度調査(PISA)では、日本の中学生は
「学校外の活動による生活負荷が高い」
「内申点・部活動・課外活動などの複線的評価のストレスが大きい」
という特徴が報告されています。
文科省の調査でも、
部活動(平日平均 1.6〜2.1時間)
スマホ利用(中学生平均 3.2時間)
テスト→すぐ次の単元へ移行する授業構造
などが重なり、「振り返りの時間不足」が学力定着の大きな阻害要因 とされています。
だから、まちかど学舎に来る中学生の中には、
「勉強してるのに手応えがない」
「覚えてもすぐ抜ける」
「数学だけ、英語だけ、部分的に点が上がるけど全体がつながらない」
という声がよくあります。
それは能力ではなく、学びを統合する“間”が不足しているのが最大の理由です。
高校生――広がる選択肢と、「自分で選んでいる感覚」のギャップ

高校生になると、進学・就職・海外進学・ギャップイヤーなど選択肢が一気に広がります。文科省のデータでは、高校卒業後の進学率はすでに8割を超え、進学は「特別な道」ではなく標準的な選択肢になっています。また入試も一般選抜だけでなく、総合型・推薦型が拡大し、大学によっては半数以上をそれらで受け入れるケースもあります。
一方で、日本財団の「18歳意識調査」では、若者の6割以上が将来に不安を抱え、特に「仕事・就職」に不安を感じる割合は約8割にのぼります。つまり、選べる道は増えたのに、どう選べばいいかが分かりにくい時代 になっているのです。
学校生活では、探究、部活動、ボランティア、アルバイトなど、多様な経験が増えています。しかし出願書類や面接では、
どんな経験をしてきたのか
そこから何を大切にしてきたのか
それが今の進路選択とどうつながるのか
と「経験の意味づけ」が求められます。
しかし、よく高校生に聞くのは「頑張ってきたことはあるけれど、一つのストーリーにまとまらない」「推薦で書く内容はあるのに、どれも“たまたま”選んできただけに思える」という声です。これは努力不足ではなく、日々の経験をあとからつなぎ直し、意味づける時間と場が不足している ために起こります。
探究学習は本来、その“意味づけ”を助ける学びですが、成果物づくりだけが目的化すると、試行錯誤や迷いといった大事な部分が「やったことリスト」に吸い込まれ、進路と結びつきません。
だからこそ今必要なのは、選択肢をさらに増やすことではなく、これまでの経験を行き来しながら、
なぜそれを選んだのか
その時、何を感じていたのか
今振り返ると、自分にとってどんな意味を持つのか
を言葉にしていく関わりです。
そのプロセスがあって初めて、高校生は「自分の意思で選べた」という感覚を取り戻すことができます。
3.教科学習と探究学習がつながるとき、何が起きているのか
教科学習と探究学習の関係は、現場ではしばしば「インプット」と「アウトプット」という言葉で整理されます。この整理は分かりやすく、一定の説明力も持っています。しかし、それだけでは実際の学びの中で起きている変化を十分に捉えることはできません。
これまで学年ごとに見てきた課題には、共通する構造がありました。低学年では、考える前に一日が終わってしまう。中学年では、「できた/できなかった」が自己評価と結びつき、考える手前で立ち止まってしまう。中学生になると、学びは単元ごとに切り分けられ、高校生では、積み重ねてきた活動や経験が進路選択につながらないまま空転していきます。
これらはすべて、学びがその場限りで終わり、 次の学びや判断に引き継がれにくい状態から生じています。
考えたことや経験したことが結びつかないままでは、 学びは、まだ生きた学びとして立ち上がっていません。
教科学習では、知識や概念が発達段階に応じて体系的に提示されます。問題演習や記述、ディスカッション、発表といった活動も含まれますが、多くの場合、それらは単元内での理解を確かめるためのものとして位置づけられています。学びは比較的短い時間の中で完結し、次の内容へと進んでいきます。
一方、探究学習では、あらかじめ答えの決まっていない問いを軸に、これまでに学んできた教科の知識や、生活の中で得た経験を呼び戻し、関係づけながら考え直すことが求められます。ここで行われているのは、単なるアウトプットではなく、知識や経験を別の文脈に置き直し、意味を変えて立ち上げ直す作業です。
教科学習で身につけた知識は、探究学習の中で、「覚えた内容」や「正しく答えるための道具」から、問いを深め、仮説を立て、説明するための材料へと性格を変えていきます。過去に考えたことや、うまくいかなかった経験が、あとになって別の学びの中で立ち上がり、それまでの理解を組み替える手がかりになることもあります。
もちろん、楽しさや主体性も、学びにとって大切な価値です。子どもが前のめりになり、自分から関わろうとする状態がなければ、そもそも学びは成立しません。探究学習が楽しそうに見えるのは、その条件が整いやすいからでもあります。
しかし、探究学習の価値を「楽しかった」「主体的だった」という言葉だけで表現してしまうと、その下で起きている、学びのつながり方そのものの変化が見えなくなってしまいます。教科学習と探究学習がつながるときに起きているのは、インプットがアウトプットに変わるという単純な話ではありません。
学びが、単元や学年ごとに区切られた出来事から、時間を越えてつながり直し、あとから何度も意味を持ち直すものへと変わっていく。その変化こそが、教科学習と探究学習が結びつく本質的な価値だと、私たちは考えています。
4.この「つながり」は、自然には生まれない
探究と教科を行き来する学びは、実は放っておけば自然に育つものではありません。学校では時間割が細かく区切られ、授業が終われば次の単元へと進んでいきます。日々の生活も忙しく、立ち止まって「さっきの学びは何につながっているんだろう」と確かめる余白は、どうしても小さくなりがちです。
そうした環境では、生まれかけた問いやじっくり考えたい気持ちも、消化しきれないまま流れていってしまいます。
けれど、必要なのは特別な教材や派手な手法ではありません。大事なのは、子どもがその都度考えたことを丁寧に受け取り、
どんな考えが積み上がってきたのかを一緒に確かめる
それがどの教科や経験と結びつくのかを言葉にしてみる
今どこで立ち止まっているのか、次に何を深めるとつながりやすいのかを共に見渡す
といった関わりを継続できる“場”です。
思考が途切れないようにそっと橋を渡し続ける存在があるとき、教科学習と探究学習は初めて互いに響き合い、学びが時間を越えてつながり始めます。
5.だから、山科に「まちかど学舎」をつくりました
これまで見てきたように、子どもの学びは本来つながって広がっていくものですが、その流れは、日々の生活や学校の仕組みの中で途切れやすくなっています。授業はテンポよく進み、評価は単元ごとに区切られ、家庭も毎日が忙しい。せっかく生まれた気づきや、「もう少し考えてみたい」という芽が、次の学びにつながる前に流れてしまうことは珍しくありません。
それでも、子どもたちは前に進んでいます。授業を受け、課題をこなし、テストに向かい、日々の中でたくさんの経験を積んでいます。問題は“努力の不足”ではありません。学校や家庭で大切にされてきた学びを、次の一歩へつなぎ直す時間と関係が、日常の中ではどうしても確保しにくいということです。
まちかど学舎をつくった理由は、まさにこの点にあります。必要なのは特別なメソッドではなく、
この子はいまどこで立ち止まっているのか
どんな考えがまだ結びきれていないのか
次にどんな学びを重ねると、もう一度前へ進めるのか
を、一緒に確かめていける場です。
まちかど学舎は、探究だけをする場所でも、教科だけを積み上げる場所でもありません。これまで子どもが考えてきたことを起点に、探究と教科を行ったり来たりしながら、思考の流れが途切れないように編み直していくための“小さな関係の単位”です。
そのために、少人数制をとり、学年で一律に区切らず、子どもがそれぞれのペースで往復できるつくりにしています。学びの点と点をつなぎ直す作業を、子どもと大人が一緒に行うための場所——それが、まちかど学舎です。

6.他塾との違いを、あえて言葉にするなら
よくある塾 | まちかど学舎 |
進度・カリキュラム優先 | 思考の状態優先 |
正解・点数重視 | プロセスと言語化重視 |
教科完結 | 探究との往復 |
成績が目的 | 成績は結果のひとつ |
非効率に見えるかもしれません。しかし、これは「かけるべき時間」です。
思考の流れを切らさないためには、この遠回りが必要だと考えています。
7.これからの社会と本質的な力

これからの社会は、よく「VUCA(ブーカ)」——変動性・不確実性・複雑性・曖昧さが高い時代——と呼ばれます。実際、技術・産業構造の変化は加速していて、OECDや世界経済フォーラムの報告でも「数年単位で必要なスキルが大きく入れ替わる」と指摘されています。
日本でも、経済産業省が「人への投資・リスキリング」を国の重点政策と位置づけ、今後5年間で1兆円規模の支援を打ち出しています。これは、一度身につけた知識だけでは仕事人生を乗り切れず、学び直しが前提になる時代だと、国レベルでも認めたということです。
教育についても、国際的には「21世紀型スキル」や「キー・コンピテンシー」と呼ばれる力が重視されています。たとえばOECDの「ラーニング・コンパス2030」や、文科省が整理している「学びに向かう力・人間性」「思考力・判断力・表現力」「知識・技能」といった三つの資質・能力は、知識そのものだけでなく、それをどう活用し、他者と協働しながら新しい価値を生み出すかに重心が置かれています。
こうした議論が示しているのは、とてもシンプルに言えば次の2点です。
「正しい答えを早く出せること」だけでは、生きていく力としては足りなくなる
変化の中で何度でも学び直し、自分の経験と知識を結び替えられる力が必要
ここまでの記事で見てきた、低学年の「考える前に一日が終わる」、中学年〜高学年の「間違えたくないから考える前に止まる」、中学生の「学びが単元ごとの出来事になる」、高校生の「経験がバラバラで、進路と結びつかない」——これらはすべて、「学びをつなぎ直す力」が育ちにくい現状の、年齢ごとの現れ方だと言えます。
まちかど学舎が大事にしている「教科学習と探究学習の往復」は、まさにこの**“つなぎ直す力” の練習場**です。
教科学習では、基礎的な知識・概念・解法をきちんと押さえる
探究学習では、それらを別の問いや文脈に持ち出し、自分の言葉で組み替えてみる
その行き来の中で、「自分はどう考えたのか」「どこでつまずいたのか」を一緒に言語化する
このプロセスを繰り返すことで、子どもたちは「わかった/わからない」で終わらない学び方——学びをあとから再構成する仕方を、少しずつ身につけていきます。
将来、仕事や生き方を選び直さなければならない場面は、これからの世代ほど増えていきます。そのときに必要なのは、「いい大学に行ったかどうか」よりも、
新しい知識を学び直すことを面倒がらないこと
これまでの経験と新しい学びを、自分なりに結び直せること
迷ったときに、自分の言葉で問いを立て直せること
といった、生涯にわたって問い、学び続けるための力です。
まちかど学舎での教科学習と探究学習の往復は、その土台を子ども時代から少しずつ育てる試みです。点数や受験のためだけではなく、「これからの社会を、自分のペースで歩いていけるようにするための予行演習」として、学びを一緒につくっていきたいと考えています。
8.子どもの学びに、立ち止まれる場所を
子どもは、日々ちゃんと前に進んでいます。保護者の皆様も忙しいなかでお子様と関わっていらっしゃいます。そんな中で、ときどき、
このままで、どこにつながっていくのか
今の頑張りが、何の力になっているのか
が見えにくくなることがあります。
まちかど学舎は、
すぐに答えを出さなくていい場所(むしろ、すぐに答えを出さずに保留することも重要です)
点数や実績だけで子どもの価値を決めない場所
保護者が安心して、考え直せる場所
でありたいと考えています。
もし今、「特に大きな問題はないけれど、少し立ち止まって整理したい」そんな感覚があれば、お気軽にお問い合わせください。




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