「探究学習」とはなにか -まちかど学舎が目指す姿-
- 山中裕太

- 2025年9月5日
- 読了時間: 9分
更新日:2025年12月9日

「探究学習」「総合的な探究の時間」という言葉を耳にする機会が、ここ数年で一気に増えました。学習指導要領、教科書、大学入試の説明資料、自治体のパンフレット。ありとあらゆるところで「探究」が看板として掲げられています。しかし、その言葉の軽やかさとは裏腹に、「探究とは何か」は案外あいまいなままです。理念としては歓迎されながら、制度や現場の制約の中で、うまく根を張りきれていない。そんな宙吊りの感覚が、教育のあちこちに漂っています。
ここでは、日本の制度の流れと、High Tech High・EL Education・Big Picture Learning など海外の実践を整理し、そのうえで、「それでも単にそれを真似すべきでない」というまちかど学舎の姿勢について記載しています。
1.日本で「探究」が制度化されていく流れ
1-1. 「総合的な学習の時間」から「総合的な探究の時間」へ
日本では 1998~1999 年の学習指導要領改訂で、「総合的な学習の時間(Period for Integrated Studies)」が新設されました。小・中・高すべてに導入され、教科横断的なテーマや体験活動、地域との学習などを通して、子どもが自ら課題を見いだし、調べ、まとめる力を育てることが狙いだとされています。
その後、高校では 2022 年度入学生からの新しい学習指導要領で、「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」へと名称変更されました。「問を設定し、情報収集・整理分析・発表まで行う探究のプロセス」を明示し、進路や学校設定科目とも結びつける形で位置づけられています。
一方で、統計や調査報告を見ると、総合学習の時数はその後の改訂で縮小されたり、教科の補習や進路指導の時間として使われたりする実態も指摘されています。
制度としては「探究」を掲げながら、現場では教科とのせめぎ合いの中で揺れ続けている。これが、日本の「総合的な学習/探究の時間」のここ二十数年の姿と言えます。
2.海外の「探究ベースの学校」たち
日本とは別の文脈で、「探究」や「プロジェクト型学習」を学校づくりの中核に据えてきたネットワークがあります。ここでは、名前が挙がりやすい三つを、事実だけ簡潔に押さえておきます。
2-1. High Tech High(ハイ・テック・ハイ)
High Tech High(HTH)は、アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴに拠点を置く公立チャーター・スクールのネットワークです。2000 年に最初の高校が開校し、現在は小・中・高あわせて複数校で構成され、プロジェクト型学習とインターンシップを軸にしたカリキュラムを採用しています。
特徴は次のような点です。
教科横断のプロジェクト型学習(Project-Based Learning)がカリキュラムの中心。
テストだけでなく、作品やプレゼンをもとにしたパフォーマンス評価を重視。
11 年生(日本の高 2 相当)には、4 週間フルタイムのインターンシップが全員必修。
HTH は、州の教育基準や卒業要件を満たしつつも、時間割や評価方法について高い裁量を持つ「実験校」として機能しています。
2-2. EL Education(旧 Expeditionary Learning)
EL Education(旧 Expeditionary Learning)は、ハーバード教育大学院と Outward Bound USA の協働から生まれた学校改革モデルです。現在はアメリカ 30 以上の州で 150 校以上が EL モデルを導入し、「学習エクスペディション(learning expeditions)」と呼ばれる探究ユニットを通じて学びをデザインしています。
特徴としては、
数週間〜数か月にわたる長期探究ユニット(エクスペディション)がカリキュラムの核。
フィールドワーク、サービス・ラーニング、コミュニティへの公開発表などを組み合わせる。
「学力(知識・技能)」「キャラクター」「高品質な作品」の三本柱で成果を捉える拡張された学力観。
といった点が挙げられます。
2-3. Big Picture Learning(ビッグ・ピクチャー・ラーニング)
Big Picture Learning(BPL)は、「One Student at a Time(ひとりひとりに合わせた学び)」を掲げる学校デザイン・モデルです。アメリカやオーストラリアなどで導入され、高校段階での実践が多く見られます。
BPL の特徴的な点は、次の通りです。
生徒は少人数のアドバイザリー(担任グループ)で個別の学習計画を立てる。
「Leaving to Learn(学校を出て学ぶ)」を掲げ、週 1~2 日をコミュニティでのインターンシップ(LTI)に充てる設計。
成績はテストだけでなく、ポートフォリオや展示会を通じて総合的に評価する。
HTH も BPL も、学校という制度そのものを「探究のためのプラットフォーム」として再設計している点が、外側から見ていると非常に印象的です。
3.構造が違うから、そのまま日本に導入できない
こうした海外の実践は、とても魅力的に見えます。ただ、仕組みを「そのまま」日本の公立学校に持ち込むのは、制度的にも文化的にも現実的ではありません。いくつか、構造として押さえておきたい違いがあります。
3-1. カリキュラムと裁量の幅
日本の学校教育は、全国一律の学習指導要領にもとづいて運営されています。各教科の内容や授業時数、評価の大枠が詳細に定められ、「総合的な探究の時間」はその中の一枠として位置づけられています。
HTH や BPL、EL Education の多くは、公立チャーター校や特定の改革校として、時間割・プロジェクトの長さ・評価方法を学校レベルで大胆に設計し直すことが認められている事例です。
日本:教科の授業時数の中に「総合」や探究をどう差し込むかという発想になりやすい。
HTH・BPL:週単位・学期単位の時間ごと組み替える前提で設計されている。
この違いは、単なる「やる気」の差ではなく、制度の構造の差として見ておく必要があります。
3-2. 評価と進路との接続
日本の大学入試は、依然として共通テストや個別学力試験、評定などの「教科別の成績」が中心です。総合型選抜や推薦型選抜で、高校での探究活動・課外活動・エッセイなどを評価する動きも広がっていますが、その運用は大学間でばらつきがあり、全国的に統一された仕組みとは言えません。
一方で、HTH や BPL の卒業生が進学するアメリカの大学では、School Profile やポートフォリオ、推薦状など、成績表以外の情報も含めて合否を判断する文化があります。
「出口」の設計が異なるために、探究やプロジェクトにどこまで授業時間を振り向けられるか、という判断も変わってきます。
3-3. 日本の学校にのしかかる役割
日本の学校には、
教科学習
特別活動
清掃・給食
部活動
学校行事
など、学びと生活を丸ごと抱える「生活の場」としての役割が期待されています。国内外の研究でも、日本の学校はホリスティックな教育システムとして機能している、と評価されることがあります。その一方で、教員の業務負担は大きく、授業準備・評価・部活動・行事・事務・保護者対応までを引き受ける中で、探究プロジェクトの設計や地域連携、インターンシップのコーディネートに十分な時間を割くことは容易ではありません。
HTH や BPL では、地域との連携やインターンシップ調整を専門に担うコーディネーターが配置されている事例も多く、学校外の学びを支える専任スタッフが組織の一部になっています。学校が引き受けている役割とリソースの配分がそもそも違う、という点で単に導入すればよいという話ではありません。
4.「体験格差」まで輸入したくはない
海外の実践を眺めていると、プロジェクト学習やインターンシップ中心の学校は、とても魅力的に映ります。しかし同時に、アメリカ社会には「体験格差(experience gap)」とも呼べる現実があります。
家庭の所得や親の学歴、住んでいる地域によって、
通える学校の種類
参加できるプログラムの質
出会える大人や職場のネットワーク
が大きく変わってしまう、という構造です。
プロジェクト型のスクールや海外研修プログラムが、高額な学費や参加費を前提として設計されるほど、結果的に「時間とお金に余裕のある家庭の子ども」が参加しやすくなります。学びの内容を変えようとしていたはずが、「豊かな体験を買えるかどうか」の競争にすり替わってしまう。そうした危うさを指摘する声も少なくありません。
日本で探究学習や海外で実績を出している新しい教育プログラムを考えるとき、「体験格差」までセットで輸入してしまわないかどうかは、避けて通れない論点だと感じます。
誰に開かれているのか
どの価格帯で提供されているのか
日常との距離がどれくらいあるのか
方法だけでなく、こうした設計の部分まで含めて考えなければ、「探究」という言葉の意味がだんだん空洞化していきます。
5.だから、まちかど学舎は「安価に」「まちのサイズで」やる
まちかど学舎が、探究的なプログラムを意識的に比較的安価な料金設定で提供しているのは、この「体験格差」の構造を強化したくないからです。
特定の家庭だけがアクセスできる「特別な体験」にしたくないこと。
塾や習い事を一つ削ってようやく参加できる、という状況をできるだけ減らしたいこと。
京都・山科というまちのサイズの中で、日常生活の延長線上に「探究」がある状態をつくりたいこと。
探究学習の看板を掲げながら、結果として「体験にアクセスできる子」と「できない子」を分けてしまう構図は避けたいと考えています。
そのために、まちかど学舎は、
派手な海外ツアーや高額短期プログラムだけに依存せず、
商店街・寺社・福祉・ものづくり・外国につながる人たちなど、まちの中の小さな現場を掘り起こし、
日常の延長としてのフィールドワークやコラボレーションを重ねていく
という方向を選んでいます。
海外の先進事例からは「学びのかたち」を学びつつ、それを体験格差を広げない形でローカルに翻訳すること。公教育の外側にある、小さな民間の学び場だからこそ、その「翻訳」の部分を引き受けることができる、と考えています。
6.公教育と民間のあいだにある余白へ
日本の公教育は、全国共通の枠組みの中で、本当に多くのことを引き受けています。一方で、時間・制度・評価の制約のもとでは、どうしてもこぼれ落ちてしまう領域もあります。
もっと長いスパンで、まちや世界を行き来する探究
一人ひとりの興味に寄り添いながら、学びを組み立てていく試み
テストや成績とは別のかたちで、問いや作品を積み重ねていく場
こうした領域は、公教育だけでも、民間だけでも完結させにくいところにあります。
まちかど学舎のような場所は、その「余白」に入り込む存在になりたいと考えています。
公教育を否定するのでもなく、
すべてを代替することを目指すのでもなく、
制度と生活世界のあいだにできるすき間で、子どもと大人が一緒に考え続ける場所として。
High Tech High や EL Education、Big Picture Learning のような海外の実践は、日本の現場をそのまま置き換えるモデルではありません。むしろ、自分たちの足元――山科というローカルなまち――を見直すための鏡として存在してくれます。その鏡をとおして見えてくるものを、まちかど学舎は、「安価に」「まちのサイズで」引き受けていきたいと思っています。
まちかど学舎では、こうした問いや気づきを、日々の学びの中で大切にしています。
「もう少し知りたい」「子どもに合うか相談してみたい」と思われた方は、気軽に資料をご覧ください。


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